LOADING

コンテンツ CONTENTS

お客様の声

沼島は原初の領域。ド本質を見せつけられる。

沼島のお祭りは誰でもオープンで、ずっと昔からいた人のような距離感で受け入れてくれる。
それは、お祭りのド本質を残して形にとらわれない。
愛さんの「結びの会」をしてもらった時にもそう。神事すらも柔軟に形を変えて行っちゃう。
本質を見せつけられた。来たものは受け入れて、自由に形を変えて行く。それは原初の領域。

株式会社YOビジョナリーカンパニー代表取締役 岡田曜様

『7月16日にビジョナリーの皆さんの「結びの会」を沼島八幡神社でさせていただきましたが、
どのような思いでお越しになられましたか?
また、その時間をどのようにお過ごしになられましたか?』



私は、昨年の11月にご縁をいただいて、淡路島にやってきたのですが、日本のはじまりの島と言われる淡路島。
その淡路島を作る、その前の島と言われる沼島。(古事記くにうみ神話におけるおのころ島の否定地)

「ドはじまりの島」

私がやってる、億越えを目指す経営塾のようなところでは、はじまりに戻ること「原初」に戻ることが自分の正中線に戻ることの起点となる。私の中ではその原初が沼島。

沼島のお祭りは、クレイジーで度量が深い。

実は、五月のお祭りに御神輿に神様を移されている愛さんを見ていまして、今回、「ああ、あの時の方だ」となったわけですが、あのお祭りは、淡路島のお祭りとは違う。

壇尻に子どもたちがかき氷を食べながら乗っていて、後ろで女性たちが踊っている。我々のような初めてきた人でも、壇尻の綱を引っ張らせてもらって、みんなでそのまま海へ突っ込んでいく。

それはクレイジーで度量が深い。
沼島のお祭りは誰でもオープンで、ずっと昔からいた人のような距離感で受け入れてくれる。

淡路島のお祭りのような男性がお祭りに参加していて、それ以外の人たちは周りで見に行くだけではない。

元々はそうだったのだろうけど、沼島は、その、ド本質を残して形にとらわれない。

沼島は、自分の道に戻っていくその中心地。

それが、愛さんの「結びの会」をしてもらった時にもそう。

「結ひ」とは神妙な力を生むという意味があるのですが、
経営者集団で神様にお礼をするそんな会をするとなった時に、
みんなのシェアの時間まで融合して、「オーダーメイド神事」をしてもらった。

神事すらも柔軟に形を変えて行っちゃう。
それは、本質を見せつけられた。
来たものは受け入れて、自由に形を変えて行く。それは原初の領域。

経営者とか、生き様をさらしている人にとって、改めて戻る場所であり、常に戻り続ける場所の象徴。
沼島と言う場所はね。

沼島へ行くと、沼島八幡神社に行かざる負えない、いわば中心地。

イニシエーションってやつね。
やっぱり原初に戻ってそこから、自分の道に戻っていくその中心地。
無茶苦茶ブレないし、守り続けるし、でも柔軟。

沼島八幡神社はそういう場所なんですね。